理屈と理由の違いわかりますか?

昨日のブログでは「理由」について書きました。
モノゴトには、必ず、わけや事情があるからです。

ただ、自分の言い分が理由なのか、理屈なのか、
この境界線がわかりづらいのです。

無理に辻褄を合わそうとすると、こじつけになる。
このこじつけが理屈です。

自分の中だけで筋が通っていても、
読者にはそれが伝わりません。

こじつけにしか聞こえなかったりします。

でも、理屈は理屈でもいいのです。
結果が出れば、それは理由へと変わるからです。

わたしは、自分の言葉で書こうと書き続けてきました。
宣伝文よりも自分の想いを書こう書き続けてきました。
何よりもまず、自分へエールを送ろうと書き続けてきました。

だって、自分の書いた言葉をまず読むのは、
間違いなく自分自身なのだから。

それも最初はこじつけだったのかもしれません。

でも、世の中がどんなに変わろうが、
自分を見失うことなく生きています。

わたしは自分の言葉の中に課題があると、書き続けてきました。
自分が選ぶ言葉(漢字)は、今の自分の姿だと伝えてきました。

これも、こじつけだと言われました。

でも、自分の言葉と向き合うことにより、
これだと思えるものを見出すことができました。

だから、今はこれらが伝えていく理由です。

ただ、言葉にするのなら、
この想いは理由だろうか、それともただの理由だろうか、
と考えてみることにより、書き方や伝え方も
変わってくるはずです。

と書きつつ、
これも今はまだ、理屈かもしれないけど。